日本の戯曲研修セミナー@ オンライン2022 「雑誌『青鞜』を読む!」 協会誌Dの報告記事

  2022(令和4)年度「日本の戯曲研修セミナー@オンライン」第2弾として、「雑誌『青鞜』を読む!」を開催した。戯曲研修部のメンバーに加えて、演出者協会外部の劇作家や演出家の方々にもお声がけをし、進行役を含めた総勢9名が、2022年10月から4ヶ月間、月1回のペースでオンライン上に集まった。見学は事前予約制で、毎回10〜20名ほどであった。
 今回のセミナーでは新しい形式をとった。発表者がそれぞれ戯曲を担当し、その作者や作品について独自の視点から発表を行った後、全員でディスカッションをするという流れである。企画発案者でありコーディネーターの川口典成氏、司会進行のEMMAと補佐の丸尾聡氏、および戯曲研修部オンラインのメンバーによって運営した。

 『青鞜』に掲載されている戯曲(あるいは対話体の文章や筋書き)は合計23本あり、9名の作家によって書かれている。本企画ではその内、以下7名の作家による合計13本を取り上げた。

 ・荒木郁子『陽神の戯れ』『闇の花』

 ・長谷川時雨『手兒奈』『夢占ひ』『或日の午後』

 ・上田君『モルヒネと味噌』

 ・小林哥津『お夏のなげき』『女ばかり』

 ・原田皐月『習作』

 ・岡田八千代『おまん源吾兵衛』『二人の女』

 ・岡田ゆき『ある男の夢』『幕間になる迄』

  第1回目は、井上理惠氏をゲストとして招き、「女たちの叫び!」というタイトルで講義をしていただいた。1902年(『青鞜』第1号が発行される10年前)から、廃刊になるまでの約15年間に渡る、日本演劇界の動向や女性劇作家の台頭・活躍について、1時間ほど話を伺った。当時の日本で提唱された「教育立身・自立・出世」のチャンスが多くの女性にとって得難いものであったこと、青鞜社の社員や寄稿者は女学校に通うことができる「良家の子女」であることなど、『青鞜』を読み解く上で必要な知識や前提となる背景を、発表者・見学者ともども確認することができ、大変有意義な時間となった。さらに井上氏から「『青鞜』の戯曲について議論できる貴重な場なので、現代に上演するとしたらどうするか?という点も議題にあげてみて欲しい」と、セミナーの方針をご教示いただいた。
 発表のトップバッターは平野智子氏で、雑誌『青鞜』の成り立ちから、作家「荒木郁子」の経歴や戯曲のあらすじに至るまで、充実した内容であった。青鞜社の中心的な人物である荒木郁子の私生活や発禁処分について、順を追って確認できたことは、その後の発表や議論にも非常に良い影響を与えた。

 約1ヶ月後に開催した第2回目では、西尾佳織氏と川口典成氏によって、「長谷川時雨」「上田君」の合計4本の戯曲に関する発表が行われた。長谷川時雨について、幼少期の逸話から劇作家としての活躍、『女人芸術』発刊にまつわる秘話など、興味深い話を聞くことができた。上田君に関しては資料が限られているものの、今回取り上げた『モルヒネと味噌』のほか青鞜に掲載された小説や論考にも触れ、参加者一同、作家自身や当時の時代背景に対して多くの気づきを得た。その後のディスカッションでも、それらに対する理解を元に、それぞれの解釈を披露しつつ大いに盛り上がった。

 第3回目には黒澤世莉氏による「小林哥津」、石原燃氏による「原田皐月」の紹介があり、その後1時間ほど皆で意見交換をした。江戸情緒あふれる作品を多数発表した小林哥津。彼女の戯曲『お夏のなげき』に関しては、江戸時代に実際に起きた駆け落ちやそれを題材としたお夏清十郎物語との比較を行い、作家がどの登場人物に焦点を当てたか、はたまたラストの書き換えにどのような意図が込められているのかなど、さまざまな意見が飛び出した。原田皐月の発表は、課題戯曲だけではなく小説『獄中の女より男に』や、『青鞜』に端をなした3つの論争(貞操論争/堕胎論争/廃娼論争)について、さらには作家自身が自死に至った経緯にも触れていただき、参加者一同、時代の暗部を覗き込むような心持ちであった。

 最終回となる第4回目には、蔵人氏による「岡田八千代」、有吉朝子氏による「岡田ゆき」の発表があった。岡田八千代の戯曲からは、冒頭のつかみやシーン転換など、幼少期から芝居に馴染んできたからこその巧みさを多数見出した。また、世間体ではなく個々人が自分の考えを大切にしていくべきというメッセージが込められているのではないか、など、皆で作家の創作意図に思いを馳せた。広大なお屋敷に住み、移動は常に人力車という岡田ゆきについても、2本の戯曲を中心として様々な議論に発展した。結婚と恋愛が必ずしも両立できない時代性や、女性のみならず男性も家父長制の犠牲者であることなど、セミナー4回目ということもあり、当時の時代背景を踏まえた有意義な意見交換となった。

 このセミナーを通して『青鞜』に掲載された戯曲/さまざまな作家の経歴や思想/それによる論争などに触れ、『青鞜』が演劇界や日本社会に与えた影響を探ることができた。また、当時の女性作家を取り巻く不自由な環境や偏見を知識として蓄えながら読み進めることができたため、まさしく井上理惠氏のレクチャータイトルのように、当時の「女たちの叫び」を痛々しいほどに感じた。と同時に、創作の場でも私生活でもそれらとあらゆるスタンスで戦ったバラエティ豊かな作家たちの存在を改めて認知することができた。各発表者に丁寧に作家の経歴を紹介していただいたこともあり、どの作家・どの戯曲についても話題は尽きず、終了時刻を迎えてもまだ話し足りないと感じることが常であった。時間配分は次年度の企画を進める上で改善点としたい。2023年度は、岡田八千代が会長を務めた「女流劇作家協会」発行の『現代女流戯曲選集』から、いくつかの戯曲を選び、同様の形式でセミナーを行う計画である。

 報告者:EMMA(旧・豊永純子)
(日本の戯曲研修セミナー@オンライン2022 雑誌『青鞜』を読む!実行委員)


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