『地域で活躍する演出家』シリーズ:
亀尾佳宏

演出家たち

【プロフィール】
亀尾 佳宏(かめお よしひろ)

 島根県雲南市にあるチェリヴァホールを拠点に、劇団一級河川、雲南市創作市民演劇、高校演劇という三つのフィールドで演劇活動をしている。「劇王中国ブロック決定戦」連覇。「劇王Ⅺアジア大会」第3位、「神奈川かもめ演劇祭」第2位、「若手演出家コンクール2014」優秀賞、「若手演出家コンクール2021」最優秀賞など。島根で最も小さい学校である三刀屋高校掛合分校の生徒たちが初めて演劇に触れ、若手演出家コンクール最終審査の舞台に立つまでを追ったドキュメンタリー映画『走れ!走れ走れメロス』は下北沢映画祭を始め、各地の映画祭で高い評価を受けた。演劇同好会のその後の一年と、島根の複数の高校生が若手演出家コンクール記念公演に臨む姿を追った『メロスたち』は、前作の『走れ〜』とともに全国のミニシアターで上映が予定されている。

「置かれた場所で咲く」

〈雲南市・斐伊川と桜並木〉

島根県雲南市、人口約35000人の街で演劇をしています。

都会のように演劇をする場所も観る人も多くありません。当然です。住んでいる人が少ないのですから。多くはありませんがなんとかかんとか演劇を続けています。「置かれた場所で咲きなさい」という名言もありますが、地方で演劇をしている人の多くは、置かれた場所で咲く、咲き続けるためにどうすればいいか、そんなことを考えて日々演劇と生活とを結びつけるために奔走しているのだと思います。

大学生時代、大阪で演劇と出会いました。卒業する時、もう演劇はできないと思って島根に帰りました。演劇をするために必要な要素である「やる人」「する場所」「観る人」その全てが島根にはない、そう思っていましたから。そしてそこで、高校演劇と出会います。高校演劇というのはとても不思議でおもしろい世界なのですが、その話をすると長くなりそうなのでまた別の機会に。兎にも角にも僕の置かれた場所は島根で、高校演劇という世界で、なるほど、演劇する人が少ないのなら増やせばいいじゃないかという当たり前のことに気がついて、高校生たちと夢中でお芝居をつくるようになりました。そんなことを十年くらい続けていた頃、雲南市にあるチェリヴァホールという劇場と出会います。出会うというか繋がるというか。

〈雲南市・チェリヴァホール〉

それまでの「劇場」は自分にとってはとても敷居の高い場所で、お金はかかかる、スタッフは怖い、手続きは難しい、素人が簡単に足を踏み入れられるようなところではないと思っていました。その「劇場」が向こうから歩み寄ってきた。その時のことを振り返って書いた文章がありますのでお読みください。

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「シモキタ計画」

 雲南市には「チェリヴァホール」という商業施設に併設された劇場がある。JR木次駅の目の前。松江道三刀屋・木次ICから5分ほど。松江、出雲から車で30分以内。広島の三次からなら40分。米子からなら60分。出雲空港からなら20分。駐車場は無料。交通の便は悪くない。けれども、残念なことにアクセスの良さがそのまま利用者の多さにつながるわけではない。

〈下北沢・若手演出家コンクール記念公演、2023年3月〉

 「笑われるかもしれませんが―」そう前置きしたあと、チェリヴァホールの館長さんはにっこりと微笑んで続けた。「僕はこの町をシモキタザワにしたいんです」

 「下北沢」とは新宿・渋谷から十数分のところにある賑やかな町。通称「シモキタ」。ライブハウスや小劇場がいくつもあり、毎日のようにどこかの劇場で何かが上演され、多くの演劇ファンがその地を訪れる、日本における演劇のメッカとも呼べる場所。雲南市をそんな町のようにしていきたい、館長さんは確かにそう言った。かたや東京都世田谷区、かたや島根県雲南市、双方の町を見比べなくとも、あまりに落差のありすぎる比較に笑う人もあるかもしれない。でも僕はちょっと胸が熱くなった。東京でも大阪でも名古屋でも福岡でもない、この島根に演劇を観るために県内外から人が集まってくる。

〈下北沢・「劇」小劇場・2023年3月〉

ロビーには開場を待つ人の列、旅館には泊りがけで観に来た来訪者、開演前は劇場付近の食事処で空腹を満たし、終演後は芝居の感想を語りながら酒を飲む。チェリヴァと木次駅と商店街を下北沢駅周辺の人波ごったがえす風景と重ね合わせ、わくわくした。

「公共ホールは利益追求のためにあるのではなく、そこに人が集まり、町が元気になるためにあると思うんです。」館長さんはさらに続けた。今、その役割を果たしている劇場が全国にどれほどあるのだろうか。利用率の低下を嘆き、維持費による赤字を批判され、改修の予算はつかず、果ては合理化の名のもとに休館閉館においこまれているところもある。劇場とは人が集まり楽しむ場所だ。あるいは何かを発信する場所だ。その役割が果たせなくなったとき、劇場は劇場でなくなる。

チェリヴァホールから市民劇を創りませんかというお話をいただいたのはそれからしばらくしてのことだった。参加者を公募したところ、雲南市はもとより、松江、出雲、大田、米子など、50名をこえるキャスト・スタッフが集まった。お金がもらえるわけでもない、やらねばならぬ義務があるわけでもない。にもかかわらず社会人、主婦、学生といった年齢も生活環境も異なる者たちが夜な夜なチェリヴァホールに現れ、稽古を重ねる。素人の大集団が一つのものを創りあげようというのだから苦労がないわけがない。それでも稽古場は笑いが絶えず、早く帰ればいいのに終わった後も時間が許す者たちはまたどこかで集まって遅くまで語り合う。それはさながら大人たちの部活動だ。ただただ無心にボールを追いかけたりグランドを走ったりした学生の頃の光景が、チェリヴァホールでよみがえっている。そうやって完成した2012年「異伝ヤマタノオロチ」は6ステージ1500名、2013年「水底平家」は2ステージ900名の観客を動員した。

〈雲南市創作市民演劇「花みちみちて街」・2023年4月〉

演劇というのはよく花火にたとえられる。どれだけ苦労を重ねて創りあげても、開くのは一瞬。ただそれをみにきた人たちだけのために輝く。ただ消えていくだけ。作品としての形は残らない。けれどもそれを創りあげてきた時間の中で育まれてきた仲間たちとの縁は終演後も続いている。桜の季節には花見にかこつけ集まる者たちがいる。声かけあって新しい劇を創り始める者たちがいる。

〈雲南市創作市民演劇「永井隆物語」・2021年4月(無観客)〉

さて、最初の話に戻ろう。

 雲南市には「チェリヴァホール」という劇場がある。JR木次駅の目の前。松江道三刀屋・木次ICから5分ほど。松江、出雲から車で30分以内。三次からなら40分。米子からなら60分。出雲空港からなら20分。駐車場は無料。これまでみなさんにとっては関わりのない場所だったかもしれない。けれどもそこは、ちょっと足をのばしてのぞいてみると、素敵な物語に出会えるかもしれない場所。

「シモキタ計画」は、まだ始まったばかりだ。

***

この文章を書いてから十年が経ちます。

もちろんJR木次駅前はシモキタにはなっていません。相変わらず人影はまばらで路線の存廃までささやかれるようになってしまいました。けれどもこの十年、チェリヴァホールでたくさんの高校生や市民の方と演劇をつくってきました。

〈掛合分校演劇同好会「走れ!走れ走れメロス」・2023年3月〉
〈雲南市創作市民演劇「KIRINJI 新説山中鹿介」・2019年4月〉
〈三刀屋高校演劇部「ヤマタノオロチ異聞」・2021年2月〉

そこで知り合った仲間と、劇団一級河川という名前で公演することもあります。演劇はできないだろうと思っていた島根でいまだに演劇を続けられているのは、こういったわけです。

地方で演劇をしている人で「全てを捨てて東京でひと花咲かせる!」といって上京して勝負できる人は稀です。それよりも「置かれた場所で咲く」ことの方が大切なことのような気がしています。

〈三刀屋高校演劇部・2021年12月〉

そして「いつでもどこでも演劇ができる」環境をつくることこそが、かつてないほどの逆風にさらされている「演劇」そのものの活路であるような気もしているのです。

劇団一級河川 亀尾佳宏

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