若手演出家コンクール2024 最優秀賞受賞者インタビュー〈広報部〉 武田宜裕

武田宜裕(INAGO-DX)
『着かず離れず』

―― 最優秀賞を受賞した、今のお気持ちをお聞かせください。

武田
こういう名だたる賞とは無縁でしたし、コンペで賞を取りたいという気持ちで今までやってきたわけではなかったんですけど、講評でも照明や音響が良かったとか、スタッフのことや俳優の演技のことを言ってもらえて、劇団や座組のメンバーに「自分たちがやっていることは自信を持っていいことなんだよ」ということを、こういう結果で伝えられることがすごく嬉しいです。

―― 武田さんは普段の劇団公演でも作演出を務めていらっしゃるということで、今回も作演出で出演もされています。本作は新作ということでよろしいでしょうか?

武田
完全新作ですね。

―― コンクールの場を想定して新作を書かれたのでしょうか。

武田
制限時間や、広島からあまり大掛かりなものは持っていけないだろうなと思っていたので、基本的にはシンプルで、なんなら舞台装置もほとんど無しでもできる作品を考えていました。シンプルだけどいろんなものが見えてくるような作品にしたいなと。

過去作を60分にリライトすることも考えたのですが、やっぱり長編で作ったものはその前提で書いているので、最初から60分以内と分かっているなら、60分以内が最適な作品を一から作った方が良いだろうなと思い、新作にしました。 あとは個人的に、タイミング的に書きたいことがあったので、わがままを言わせてもらって書きました。

―― 今回の公演で挑戦した事、工夫したこと、審査員に見せたかったことはなんでしょうか?

武田
審査員に対して意識したことはほぼないんですけど(笑)、最終審査会が盛り上がるような作品にはしたいと思っていました。審査員同士が解釈をめぐってその場でディスカッションしてくれるものになったらいいなと思いつつ、お客さんにはちゃんとエンターテインメントとして楽しめるバランスのものができないかなと。だから設定も、シンプルなワンシチュエーションのドラマと思わせておいて、実は複層的にいろんな構造が積み重なっているような作品にしようと。
これまであまりそういう作品を作ってなかったものですから、なかなか台本が出来上がらなくて、15稿か16稿ぐらいまで書いたんです。

―― 16稿!なかなか重ねましたね。

武田
たくさん変更があったので、俳優さんやスタッフさんは大変だったと思います。ディスカッションを重ねて「ここまでは分からせて、ここまでは分からなくていい」というバランスを取りながら出来上がったのが今回の作品なので、このプロセス自体が全部チャレンジでした。

―― 武田さんが、演出家として大切にしていることは?

武田
今回の芝居は特に、一歩間違えれば「嘘だろこの話」となってしまう。例えば、副機長いないのか?とか、他の乗客どこにいるんだ?とか、突っ込まれてもおかしくないような設定がいっぱいあって、でもそれらを信じてもらえるようにするには、やっている僕らに嘘がないようにしないといけないですし、お客さんに嘘だと思われたらそこで集中が途切れるので、演技ひとつとっても、「今こうリアクションしたけどそれはおかしいよね、自分で用意してたんじゃない?」とか、結構しつこくやりました。全体の作品をどう見せるかも大事ですが、俳優がどうあるかをかなり重視しているので、強いて言えば、そこが演出している時のこだわりポイントかなという気はしています。

―― 広島の別のチームとも結束しながらやってこられたということですが、東京の劇場でお客さんへ作品を届けて、その手応えはありますか?

武田
お客さんがすごく温かかったですし、集中して観てもらえたことが嬉しかったです。僕自身はそこまで笑いを取ることを意識してなかったつもりなので、こんなに笑ってもらえるとは思ってなかったです。

どこの地域も一緒かもしれませんが、広島では、一般の演劇ファンの方もいらっしゃるのですが、客席を身内や演劇関係者が多く占めていることが多くて、閉じた世界になりがちな傾向があります。

今回は知り合いも観に来てくれましたが、純粋に初めて観る人も多くて、思いのほか温かい反応だったので良かったなと思いますし、これを機に広島の演劇に興味を持ってもらえたら嬉しいです。

2次審査の時点で、東京8人の広島2人という状態だったので、「あ、広島面白いぞ」って思わせたいという思いもありましたが、ただ楽しんでもらえたらという純粋な気持ちで上演させてもらいました。

―― 今後の展望は?

武田
僕らはメンバー全員が演劇以外の仕事を持っている社会人で、仕事や家庭を持ちながら、その時間を縫って稽古して公演もしているので、仕事の休みが十分に取れず、公演期間も土日中心になります。

演劇で生計を立てられる人が広島にほぼいない中で、続けられる環境が必要だと思っています。もっと演劇というか、何をするにしても有給休暇の取得に寛大になってくれよと社会に対して思います(笑)。僕も生活をしながらの活動で苦しい思いもしていますが、社会人がもっと気軽に演劇ができて、その中でもクオリティの高い作品が生み出せるような状況を作りたいです。そういうことを企画されたり努力されたりしている劇団さんもありますし、もっと当たり前に広島の中で「演劇」というワードで人が集まったり語り合ったりできたらいいなと思います。だから、今回広島から同時に最終審査に残った深海さんと一緒に小さな責任を背負って頑張っていきたいなと思います(笑)。

―― 最後に、これから若手演出家コンクールに応募しようと思っている演出家へメッセージをお願いします。

武田
演劇の街でありながら観客として訪れるばかりだった下北沢で初めて上演しましたが、劇場はどこでも一緒だと思いました。ただ、東京で演劇をして、観たことない人たちに観てもらい、審査員の人たちに評価されたりいろいろ言われたり点数付けられたりとか、こういう経験でしか得られないものがあると思います。来てみないと分からないし、続けていかないと分からない。とりあえずやって、続けて、それが良かったのか悪かったのか意味があったのかっていうのは、もっと後になって分かるのではと思います。

僕は結果として最優秀をもらいましたが、それが良いように転ぶか悪いように転ぶかも分からないし、とりあえずは良い転び方になるようにやっていきたいです(笑)。

なので皆さんもぜひチャレンジしてもらって、経験したことを糧にしながら、演劇を一緒に繋いでいってほしいなと思います。

今回、一緒に競い合った演出家の皆さま、審査してくださった審査員の皆さま、作品を観てくださった観客の皆さまに心から感謝します。本当に良い刺激になりました。ありがとうございました。

 聞き手 日本演出者協会 広報部担当理事 EMMA

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